尖りのある人生
今年行った神社に、「丸く生きるお守り」というのが売っていて、ちょっとねらってる感じがあって、気になっていました。
「尖って生きる」VS「丸く生きる」
昔、研究所で働いている人の話を聞いたことがあります。
「研究者というのはちょっと尖っていないと働けないですよ」
と、おっしゃっていました。
今になって、あーこーゆー人が「尖っている」って言うのかな?って思った。
この尖りが何というか、「生きづらさ」すら感じた。
本人は気づいていないようだけど、ちょっと、普通からはみ出した感じ。常識からはみ出した感じ。
世の中の普通の人たちは、皆、「丸く」生きているのかもしれない。
私の父は、かなり個性が強かった。あまのじゃくのような人だった。敵も多かった。
昔、個性の話をしていて、「個性」という言葉を「あまりいいものじゃない」と言われたことがあって、私は、「個性」とは、いい言葉なのか、悪い言葉なのかずっと不思議に思っていたものでした。
今でも不思議な感じがします。
ただ、尖って生きると、ろくなことないです。
私も仕事で、思いっきり自分の意見を述べたことがあったけど、自分では一瞬「かっこいいな」て思ったけど、体調は崩すし、口だけではいられないし、さんざんでした。
でも、やっぱり「尖り」はかっこよく見えるのです。
「尖り」は私の第2の人生のはじまりだから。