★あーもんどさやの道しるべ★

劣等感でいっぱいだった人生。生き方を綴りたい。

☆あーもんどさやが劣等感を感じているときに読んだ本☆

劣等感でいっぱいだった私。頭が良くなりたい。いつもそう思っていた。仕事はミスが多いし、遅いし、思考も停止していた。アイディアがひらめかない、機能性を考えられない。気が利かない気づかない。なぜかいつも「背表紙作って」と私にファイルを持ってくる人。雑用を私に頼み、むずかしくちょっとかっこよい仕事は他の人に頼む。私利用されているんじゃないかって思うようになっていた。ますます一生懸命働かなくなっていた。それ以外にも私の劣等感は書きだしたらきりがない。人と比べることが多かった。

四六時中そんな劣等感を感じながら生きていた私が、この本を手に取ってみた。「アルジャーノンに花束を」ダニエルキイス。

 

この本の内容は、32歳になっても幼児の知能しかないパン屋の店員チャーリィが主人公のお話。大学の偉い先生の手術により天才に変貌する。超知能を手に入れたチャーリィが愛と憎しみ、喜びと孤独を通して人間の心の新事実に迫っていく様子が描かれている。最後、その知能が徐々に減退し幼児の知能へと戻っていくというストーリー。背景にあるチャーリーの家族の事情とか頭が良いと思っていた教授や博士の実は平凡な知能であったところまで気づき、現実と向き合っていく姿の場面もおすすめです。ネタバレになるのでくわしい部分は省略しますが。(アルジャーノンとの関係とか、かなりおすすめ)

 

何度も読んだシーンが主人公チャーリィが天才の知能を持った時に書いた文章ではなくて知能が低い状態に戻ったときに綴られる、最後ひらがな交じりのたどたどしい文章の場面だったりする。この本を読むとどんどん知能が低くなっていくチャーリィが自分と重なったりした。例えば、誰にでも訪れる老いとか・・・どんどん頭が悪くなっていく不安、わかる。

そして、ものすごく切ない。好きな人の前ではかっこよくありたい。大好きなアリスが知能が戻っていくチャーリィを心配してドアの所まで来たけれども「会いたくないから帰れ」と言ってやった。という強がる場面が書かれたシーン。笑われたくない。もうお前なんて嫌いだ、利口になんてなりたくないと報告するひらがなだらけの経過報告書がじーんとくる。まだ彼女を愛していることも伝わったし、本当は知能が高い状態でバリバリ働きたい。どうか・・・どうか・・・読み方や書き方を忘れないようにして下さい。何とかしたいという思いが伝わってくる。

 

そのときは気づかなかった、友だちがいっぱいいることとか、皆自分のために何かをしてくれる。助けてくれる。応援してくれる。無知であり、愚鈍だったが正直になれた。いつも笑顔でいれた。自分は信頼されていると思っていた。嘲笑はされたが人とわいわい戯れることができる。これも自分には価値があるという自己肯定感があったからできたことだよね。

天才になってその幸せに初めて気づく。天才、物事を知っている。物事が見える。言葉は二十四カ国語が喋れる。ピアノ協奏曲も作曲してしてます。周りからは敬意がひしひしと感じられる。が、孤独。チャーリィと話していると自分が愚かな気分になるというチャーリィの大好きなアリス。いつのまにか人にそんな気持ちを与えてしまっているんだ。

チャーリィは知能は高くなったが、こころよく人を受けいれたり、過去をとがめたりせず人を許せる、そんな寛容さが未発達だった。

 

私は頭が悪いので、頭が良い人の習慣とか書かれたサムネイルのYouTubeとかみると思わずクリックしてしまう。そこには、本を読めとか、人と戯れるなとか・・・・成功ってなんだろう?お金を儲けることか?注目を浴びることか?

たまにアクセス数がゼロの自分のブログを見ながら(笑)ちょっと安心したりもするようになった。成功とはほど遠い生活している私。書くこと記録することが好きだから、こつこつと発信できればそれでいいの。(とりあえず。)でも勉強はしているよ。本も読むよ。

頭が良くなる必要なんてないのかな?

私は人とわいわいやって、おいしい物食べて、決して仕事がものすごく出来るわけではなかったけど、今楽しいな。孤独ではないな。幸せなのかな?天才の知能がないことは幸せなのかな?そんな風に思うようになった。

今あるもの、今あること。

劣等感を見るよりもっと見なきゃいけない部分はたくさんある。大切な物はたくさんある。

身近な所にある。普通が一番かも。

今できることTO DO:「アルジャーノンに花束を」ダニエル キイス読んでみて!!